東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)44号 判決
原告 伊藤万株式会社
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は特許庁が同庁昭和二十七年抗告審判第七六六号事件につき昭和二十七年十月三十日になした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として
(一) 原告は昭和二十五年九月二十二日に別紙表示の第一の商標につき第三十二類毛織物を指定商品として特許庁に対し商標登録の出願をしたが、昭和二十七年六月二十日拒絶査定を受けたので、同年八月五日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十七年抗告審判第七六六号事件として審理され、同年十月二十日特許庁は右商標登録出願前から存し且、第三十二類モスリンを指定商品とする別紙表示第二の登録商標を引用し之と本件商標とを比較した上両者からは何れも「羊頭」印なる称呼及び観念を生ずるが故に類似のものであるとして「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決をし、右審決書謄本は同年十一月十一日に原告に送達された。
(二) 審決はその理由中に『思うに本願商標には(ORLEANS)の文字があるが「オルレアン」ということは一見必ずしも明確であるとはいえず、むしろかかる商標にあつては最も親しみ易い部分である「羊頭」の図形に一般購買者の注意力が集中せられ易く従つて実際取引上「羊頭」印の称呼観念を生ずるということは不自然ではない』としているけれども、本件商標を一見すれば明らかであるように、「ORLEANS」の文字が顕著に表わされてあつて外観上決して不明確ではなく、又「オルレアン」はフランスの地名であつて、「オルレアンの乙女」「ジヤンダーク」等の話で吾人に親しまれている語であつてその意味に於ても決して不明確なものと言うことはできない。又仮に「オルレアン」の意味が一般に明らかでないとしても、それが為毫も商標の顕著性が害せられるものでなく、意義不明の文字が却つて商標の顕著性を増すことがあることは吾人の常に経験するところである。又本件商標中の羊頭部分は輪廓の一部として上部に比較的細い線で表わされてあり、本件商標を全体的に見れば決して顕著ではない。右羊頭の図形は「ORLEANS」の文字の下に比較的小さく表わされた「BEST TEX」の文字に対応しており、TEXはテキスタイル即ち織物の略語として一般に使用せられる語であり、本件商標では羊頭図形と相待つて織物を意味するから共に商標の要部を構成せず、注意力が羊頭部分のみに集中すると言うことはあり得ない。尚毛織物の購買者は雑貨その他の日用品の購買者と異なり相当の知識階級に属し西洋語についても一般的理解力を有する者であるから、図形だけに注意力が集中すると言うことは杞憂にすぎない。殊に原告は全国的に著名な洋反物卸売業者であるから右のような誤解を生ずる恐れはない。
故に審決が前記のように説いているのは当を失している。
(三) 次に審決はその理由中に『抗告審判請求人は本願商標の要部は「ORLEANS」の文字にあり「羊頭」の図形は主要部分を構成しないとしているが、上述した理由によりかく断ずることは出来ない』とし本件商標の主要部分が羊頭の図形にあつて「ORLEANS」の文字にないとしているが、右は全く独断であつて中央部に顕著に表示された「ORLEANS」の文字を無視した失当なる見解である。
(四) 審決はその理由中に『抗告審判請求人は「羊頭オルレアン」印なる称呼及び観念を生ずるとしているが、「羊頭」の図形と「ORLEANS」の文字は構成上一体不可分であるとはいえず、従つて「羊頭オルレアン」印なる称呼及び観念を生ずるとなすことは当らない』としているけれども、原告は本件商標の称呼及び観念は「オルレアン」印であるとするものであり、ただ原告が本件商標から羊頭オルレアン印なる称呼観念が生ずるとしたのは仮に本件商標中の羊頭の図形とオルレアンの文字が共に商標の主要部分をなすものであるならばと言う仮定に基ずく結論であるが、このような仮定に基ずけば右のような結論に到達すべきことは当然であり、又図形と文字とを結合して称呼観念することは、その例が多々存する。従つて審決の右説明は誤つている。
(五) 羊の図形又はその要部たる羊頭の図形は毛織物商品の商標として取引上容易に商品を聯想させるから特別顕著性がなく、本件商標に於ても羊頭の図形及び「BEST TEX」の文字は特別顕著性がないと言うべきである。又審決の引用した登録商標も羊頭の図形のみから成るものであるから現行商標の下に於ては登録を許さるべきものではなく、旧商標法施行当時であつたから登録が許されたものと解すべきである。従つて他の商標との類似性の有無の判断をするに当つては引用商標に対し厳格な解釈をすべきであり、その効力を過度に拡張させるような解釈をすべきではない。然るに審決は不当に引用商標の効力を拡張させた解釈をしたものであつて、失当である。
(六) 之を要するに本件商標は引用商標と類似しているものでなく、審決が両者を相類似しているものとして本件商標の登録出願を拒否したのは失当であるから、原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。
と陳述した。(立証省略)
被告の指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告の請求原因事実中(一)の事実は認める。
審決に於て「ORLEANS」の文字が一見必ずしも明確であると言えないとしている趣旨は右文字を一般世人が一見した場合に直ちにその意義を解しそれが印象に残ると言うことの度合が少なく従つて右商標中の羊頭の図形が一般世人に親しまれている関係上本件商標が「羊頭印」の称呼観念を以て取扱われていると言うことを明にしたものに外ならない。
即ち、本件商標が「羊頭」の図形を中央に顕著に描き、その外部に両端を波状線とした横長方形の輪廓内に「O」の文字を左上方輪廓線に左右に接触せしめ、「RLEANS」の横書文字よりも上方に大きく記し、その下に比較的小さく「BEST TEX」の文字を横書して成るものであるから羊頭の図形も本件商標の構成部分をなしているものと言うべく、而してこの商標中には「ORLEANS」及び「BEST TEX」の文字も存するけれども、この文字を一般世人が一見した場合直ちに右文字が何を意味するかを解し得ずして之を看過し、何人にも親しみのある羊頭の図形に注意を惹かれると言うことが実験則上明らかであり、従つて本件商標に於て一般に最も親しみ深い部分たる羊頭の図形が最も顕著性に富む部分として右商標の主要部をなすものと解すべきであり、(大審院昭和四年(オ)第一七六五号判決参照)本件商標からは「羊頭印」の称呼観念が生ずるものと解さなければならない。
之を要するに本件商標は引用商標と相類似するものであつて、審決が本件商標登録出願を拒否したのは相当である。
と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。
別紙表示の本件出願商標を見るに、同商標は左右両端を緩やかな波形曲線にした横に長い長方形の輪廓内に、「ORLEANS」及び「BEST「TEX」の外国語を二段に、前者は頭文字「O」のみを他の文字より大きく、者は各文字を前者の各文字よりも稍々小さく一様の大きさにして前者の直下に併記し、上部中央の輪廓のない後部分に羊の頭部を描いたものであつて、「O」の頭文字を特に大きく記した「ORLEANS」の語が図形の中央にあつて最も大きな面積を占めていることが認められるから、右商標からは自然オルレアンの称呼及び観念を生ずるものと解せられる。然しながら右商標を一般の需要者が見た場合中央上部にある羊頭の図形も注意して見なければ見落すと言うような程度のものと認め難く、むしろ外国文字を以てあらわした「ORLEANS」の語以上に見る者の視覚に訴えその印象に残る程度も強弱の差異を認め難い程度にあるものと認め得るから、右商標からは、自然「羊頭印」又は「羊印」と言うような羊に関聯した称呼観念をも生ずるものと解せられる。而して審決が引用した別紙表示の登録第一三八八三三号商標は羊頭の図形のみから成るものであることが認められるから、同商標から生ずる称呼観念は「羊頭印」又は「羊印」であつて、別段の事情の認め難い本件に於ては右以外にはあり得ないものと解さなければならない。然らば本件商標が他に「オルレアン印」又は「羊頭オルレアン印」の称呼観念を生ずるとしても、「羊頭印」又は「羊印」なる称呼観念を生ずる以上右商標は前記引用商標と相類似するものと言わなければならない。
原告は羊又は羊頭の図形は毛織物商品の商標として取引上容易に商品を聯想させるから特別顕著性がなく羊頭の図形のみから成る引用商標は現行商標法の下に於ては本来登録を許さるべきものではないのであるから、他の商標との類似性の有無を判断するに当つては引用商標の効力を過度に拡張させるような解釈をすべきものではなく、従つて之と本件商標とが相類似していると解すべきでない旨主張するけれども、羊頭の図形が毛織物商品自体を表示したものとは言い難く、而して右図形が毛織物商品を容易に聯想させるものであるとしても之が為毛織物商品の商標として特別顕著性を欠いているとすることはできないから、右図形に特別顕著性がないと言うことを前提とする右主張は之を認容することができない。
その他原告は本件商標と引用商標との類否につき審決の説くところに対し種々非難攻撃しているけれども、既に上述した通り本件商標が引用商標と相類似しているとした以上之等の主張に対する判断は不必要であるから之を省略し、本件商標の登録出願当時之と類似の且、本件商標の指定商品と同じ類別に属する第三十二類モスリンを指定商品とした引用登録商標が存したこと上記の通りである以上、本件商標の登録は之を許すべからざるものであつて、右登録出願を拒否した審決の取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)
別紙
第一、本件出願商標<省略>
第二、登録第一三八八三二号商標<省略>